中世の料理書にみる鳥料理

時代

料理書

記述

鎌倉時代

類聚雑要抄

干鳥(切らず。引き渡してこれを盛る)
雉(別足引垂を引き渡しこれを盛る)
汁膾。小鳥・焼物・鳥足を加える
雉羹、鳥焼物、鳥羹(あつもの)

※別足とは鳥の足のこと。朱雀天皇の御代に四本足の鳥が見つかったことから別足と呼ばれるようになったという。引垂とは身の部分をいう。

厨事類記

干鳥。雉子を塩をつけずして、ほして削て、これを供す。
雉子は、生鳥ともいう。鳥の右のひたれをつくり重ねて盛るべし。雉子のももきを醤(ひしお)にして、つくりて盛るべし。
【裏書】
ももきこみなき時は、生魚の赤身をたたきて盛る。鳥の首の皮をかひじきのように切りて、三方に盛り物におしつく。黄皮細く切りうちちがえて、三方又上にをしくべし。
鳥足は、ある説にいう。鳥の右の別足なり。やきてふしより切りて、薄き様にてつつみてもるべし。ふしより上は、わりて切り重ねて、そばに盛る。前おき後おきとて置くなり。故実にいう。晴れの御膳には茹でて盛りたるがよきなり。ある説には、左足を盛るべしと云々。
鳥左、鯉右とて、鳥は左を賞し、鯉は右を賞すと云々。この説によるか。或いは云う。鳥左鯉右とは、鳥は左より切る、鯉は右よりおろすが故なり。紀信家には左足を盛ると云々。

【裏書】
鳥の左足を賞すこと。当家これを知る存ぜず。鳥は御鷹飼を用うべしか。然る者、鳥を柴につくるに、左のひたれをとりかく。とりかふとは鷹にかふ義か。また左の木につくる方なり。右は日貢に備ふべきゆえに左をとりかい、右をうえにもつくるなり。また左足は面をうえに盛れば交いさまなり。或人云。左を賞するゆえに鳥にも交うなり。また左足は内ももが上になる。先ず召すべきが故なり云々。この儀また心得ず。御膳を賞せずして鷹を賞すべからず。また古人云う。別足は包みたる所をとりて、切り口より食い切りて召すべきなり云々。必ずうえをかぶらむことは見苦しきことか。これを尋ぬるべし。生鳥にも右のひたしを盛る由所見あり。

室町時代 四条流庖丁書

鳥の引垂焼ということ。雉子の引垂を焼く時、身の中に赤み少し宛りあるように焼き、これを切り参らすなり。この引垂焼とは見給わで、なまやきなるなど思ひては如何。昔この如く申し定め、また自然鳥の焼物の味すく覚ゆことあり。酒をかけて塩を振りて焼きたる鳥、必ずすくなるなり。当流には水をかけて塩を振り焼くべきなり。

美物上下のこと。上は海の物。中は河の物。下は山の物…中略…山の物下とは定めたれども、鷹の鳥には如何なる白鳥なりとも上をすべからず。雉子の鳥に必ず限るべし。何にても鷹の取りたる鳥をば賞翫勝りたるべし。鷹の鳥を人に参らする時には焼物より外にすべからず。余の御肴に組付くる事すべからず。一種たちにて参るべし。鷹の鳥にては非ずとも白鳥の事一種たちにて参るべし。…中略…水鳥ならば白鳥・菱喰・雁など、け様の次第に参らすべし。但鷹の鳥の事は双ぶべき物これあるべからず。

鳥の別足ということ。別なる足とは如何なることぞや。朱雀院の御時とかや。足の四ある鳥あり。その御代、天下太平にして目出たかりしなり。それよりこそは別足とは申し伝えき。今も雲雀(ひばり)にても鶉(うずら)にても足を立てて盛る時、賞翫の人なれば足二立つべし。その他は足一立てても苦しまず。天子或は京鎌倉の将軍などへは、足を四立つること自然にこれを有す。これも別足の心にて天下を祝ひたる心なり。然に左右なく四立つることあるべからずと云々。

魚鳥を台に置くべきこと。何れも俎(まないた)にすえて出す如くなるべし。余りの常の台の如く曲りたるは然るべからず。俎に置きたる如くと申すは、台の切り口の方、魚鳥の尾頭の方に為すべし。但し、白鳥・雁・菱喰以下の水鳥、その他、鶴などは、上下の切口、左右のそばになすべし。…中略…雉子は春は女鳥をさきに置きて腹と腹を合わすべきなり。これを四条流の口伝としてその心を秘するなり。猶々鳥と魚とは同前。田鳥・水鳥は同前にてあるべし。ただ鳥とばかり言うは、雉子のことなり。

海人藻芥 大鳥は白鳥、雁、雉子、鴨、この他のものは供御に備えずなり。小鳥は鶉、霍、雀、鴫、この他のものは供御に備えずと云々。
宗五大艸紙 鷹の鳥のくいよう。春の鳥にはなんてんの葉をかんながけに敷きて焼鳥にして出し、亭主鷹の鳥のよし申されば、箸を手に持ちながらゆび二つにてつまみてくうべし。

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