びばい焼き鳥組合加盟店の「共通チケット」(1000円)を販売します。
やきとりとビールのセットを提供する予定ですが、詳しくは・・・お楽しみに!
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【美唄市ってどんな街?】
美唄市は、石狩平野のほぼ中心にあります。「びばい」というのはアイヌ語で「ピパオイ(カラス貝の多い沼)」からの命名とか。美唄市内を南北に縦貫しているのが函館本線。平行して走る国道12号線の美唄市から滝川市までの29.2kmは、日本一長い直線道路。広大な北海道を満喫できるドライブスポットです。
ラムサール条約に登録された宮島沼は、日本最大のマガン飛来地として人気を集めています。マガンは夏をロシアで過ごし、秋になると南下してきて日本の宮城県で冬を過ごします。約4000kmにもおよぶ壮大なスケールの大移動。長旅の途中でひとときの休息をとるのが宮島沼なのです。年に2回の飛来時には、たくさんの見物客が訪れる憩いの場です。
かつては北海道有数の“石炭の町”として栄えた美唄には、その胃袋を満たした美唄やきとり・とりめしが名物となって、今も受け継がれています。
また、昭和63年「世界同日凧上げ大会」に参加したのをきっかけに、現在も20畳の大凧や創作凧が風に空高く舞い上がる「百万凧まつり」で賑わいます。
■ラムサール条約 :
特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約(日本語名)
湿地の生態系を守る目的で制定された湿原の保存に関する国際条約
美唄
![]() やき鳥 たつみ |
![]() 味心 三船 |
![]() 福よし |
やきとりの特徴
【美唄人になれるイベント】
2月・・・ピパオイの里・SNOW FESTA
5月・・・びばい桜まつり(東明公園)
8月・・・びばい歌舞裸まつり
9月・・・百万凧まつり
やきとりの特徴
美唄のやきとりは、さまざまな鶏の内臓肉を一本の串に刺したスタイルで「もつぐし」と呼ばれます。内臓肉を茹で、頭に肉、根元に皮を刺し、真中にきんかん、レバー、ハツ、砂肝などの内蔵肉と玉葱をはさんで焼き上げます。コショウを効かせた塩味で、茹でているため匂いも気にならず、 1本が平均80円と安くて食べやすいので、地元の人は10本単位で注文します。そのため、やきとり屋さんでは、串の注文で観光客と地元の人を見分けるといいます。
明治時代、開拓のため北海道にわたった人たちには鶏のつがいが支給され、その鶏を大事に育てましたが、人が訪れたり、鶏が死んでしまったときには、ごちそうとして食べました。内臓までも余すとこなく食べたのが、美唄やきとりや鳥めしのはじまりといわれています。
また、美唄やきとりの創始者といわれるのは三船福太郎氏。氏が内臓肉を一本の串に刺したスタイルをはじめたといい、氏の指導により美唄にこのスタイルが広がりました。
かつて炭鉱の町として栄えた美唄では、炭鉱の仕事を終えた人々のくつろぎの場と栄養食としてヤキトリを楽しんだため、歓楽街には数多くのやきとり屋があり、その味を競っています。
【一口知識】
鶏の内臓肉をご飯に炊き込んだ醤油味の「鳥めし」も美唄の名物です。当時は、お客をおもてなしするご馳走だったといわれ、美唄市の中村地区の女性たちの手によってしっかりと受け継がれた伝統料理です。


やきとり活動
美唄やきとりの「たつみ」はふるさと小包以前から郵便局で美唄やきとりの宅配を行っていました。いわば、やきとり宅配の創始者ともいうべきお店です。
【地図】
・やきとり MAP
美唄の自慢
【アルテピアッツァ美唄】
廃校になった旧栄小学校を再生させてできた「芸術文化交流施設・彫刻公園」です。7万平方メートルの広さに、地元出身(イタリア在住)の彫刻家・安田侃の作品が約40点も展示されています。緑の芝生や木立に囲まれた赤い屋根の建物が印象的で、ホッとできる空間です。
【宮島沼】
ロシアと宮城県を往復する“マガン”が、羽を休める場所として選んだのが宮島沼です。
豊かな田園に囲まれた宮島沼に、春には6万羽、秋には4万羽のマガンが飛来するという日本最大の飛来地です。周辺の田んぼの落ちもみを食べ、宮島沼で羽を休めるマガン。その飛び立つ様は圧巻で、人々は水辺に立ち息を呑んで見守ります。
【米粉の挑戦】
道内有数の米どころでもある美唄は、その付加価値を高めようと「米粉の活用」に力を入れています。米粉の利用では先輩にあたる新潟県に学び、試行錯誤をくり返して米粉を利用した製品づくりに挑戦しています。業者の知恵と工夫で数々の製品づくりが進められる一方で、道内に米粉製造プラントが作られるなど応援態勢も整ってきました。
【中村のとりめし】
明治後期に始まった美唄の開拓。開拓団の若きリーダー“中村豊次郎”から、その地名が付いたとされています。大正時代になっても苦労が続きました。豊次郎は一計を案じ、“つがいの鶏”を配布します。その中から生まれた雛をつがいで返す約束で始まった「鶏の貸与」は、やがて全戸に広がり、小作人たちの健康と収入に結びつきました。その大切な鶏は、訪れたお客様に振る舞うことで「とりめし」は誕生しました。大切な鶏を丸ごといただくという意味で、モツも皮もすべて一緒に炊き込んだ主婦の知恵。これが広まり受け継がれて“故郷の味”となっています。
【美唄やきとり】
元を辿ればどこも福太郎さんに行き着く・・・と言われる美唄やきとりは、昭和30年代に誕生したと言われます。“石炭の町”として栄えていた美唄。羽振りのいい炭坑マンたちの飲む席には、いつも美唄やきとりの存在があったようですね。とりめしを生んだ土地柄ですから、鶏の一羽まるごと使う精神が生きています。皮・レバー・ハツ・キンカンなどすべての部位とタマネギを串に刺した“モツ串”を塩コショウで味付けたのが、美唄やきとりの特徴です。美唄やきとりをブランド化し、名物として全国に発信しようとJCのメンバーが中心となって「びばい焼き鳥組合」を立ち上げました。
事務局担当・森田
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