|
平安文学に登場する鶏 |
|
源氏物語 |
●帚木の巻
●夕顔の巻
●須磨の巻
●若菜上の巻
●東屋の巻
●蜻蛉の巻 |
|
日本書紀(上記以外) |
●38段は鳥のことを記しているが、「鶏」の記述はない。
●鳥(鶏)の声も、はじめは羽のうちに鳴くが、口をこめながら鳴けば、いみじう物ふかく、遠きが、明るままに近く聞ゆるも、をかし。(70段)
●夜をこめて鳥(鶏)のそら音にはかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
逢坂は人こえやすき関なれば鳥(鶏)なかぬにもあけて待つとか(129段)
●293段に鶏の鳴き声に驚く記述あり。 |
|
●卵や鶏を食べると地獄に堕ちる
『源氏物語』や『枕草子』などの平安朝文学においても、鶏の声は朝が来たので別れなければならない心の動きを示す描写として使われている。通い婚だった当時、女は男の元を訪ねることが通常だった。
卵を食べることでさえ、仏罰の対象となることもあった。弘仁十三年(822) 頃成立した日本最古の仏教説話集『日本霊異記』には「常に鶏の卵を煮て食いて、現に悪死の報いを得る縁」という章がある。いつも卵を煮て食べていた男は、その報いで火が一面に襲いかかり、焼け死んだというのだ。「善悪因果教に云わく『今身に鶏の子を焼き煮る者は、死して灰河地獄に堕つ』というは、これを謂うなり」
鶏が地獄の主となつた草紙もある。奈良国立博物館に収蔵されている『地獄草紙』には、怒る雄鶏が罪人たちを蹴散らす姿が描かれている。紅蓮の炎に包まれた鶏は、口から火焔を吐き、地獄の恐ろしさを人々に印象づける。この鶏地獄は「むかし人間にありしとき、こころ愚かなるによりて、いさかいを好み、あるいは、生けるものをわびしめ、とりけだものを悩ます者、これに生まる。この地獄に、猛きほくほ身に満ちたる鶏ありて、罪人をしきりに蹴り踏む」とある。肉を焼き、卵を食べるのは、もってのほかの行為なのである。
また、自分のテリトリーに他の鶏が入ると戦いを挑む鶏は、相手に飛びかかって蹴爪で相手の首や胸を切り裂く習性を持つ。そのため、闘鶏は全世界に普及している。
日本でも、闘鶏は平安以前から「鶏合せ」という名で行われた。平安時代末期の『年中行事絵巻』には「鶏合せ」が描かれている。神事や占いとして行われた「鶏合せ」は、宮廷や神社で行われ、次第に人々の心をつかみ、生活に浸透していった。
|