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●中世、鳥の代表といえば雉子 野鳥の中でも雉子は別格の存在感を持つ。 |
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●中世の鳥料理 「干鳥」「膾」「焼物」「羹」「煮物・煎物」などの鳥の料理が中世の料理書に登場している。 鎌倉時代初期の武士は質素な食事をとっていた。しかし、時代を経るに従い、力をつけてきた武士たちは、次第に豪華な食事を身につけていくようになった。また、室町時代になると、肉食の記録が野鳥を除いてみられなくなる。この時代の日本人は、肉を忌むようになっていたようだ。 ※中世の料理書の記述はこちら |
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●南蛮人がもたらした肉食文化 室町時代の肉食忌避に風穴をあけたのは、鉄砲とともにヨーロッパの文化を運んできた南蛮人たちであった。今まで禁止されていた肉を喜んで食べる南蛮人たちの姿は、日本人に大きなショックを与えた。日本を訪れた宣教師や商人の影響で肉が日本人の食卓に並ぶようになったものの、のちに迎えるキリシタンの禁圧と鎖国が行われるようになり、再び肉食は暗い時代を迎えるようになった。 秀吉はキリシタンの宣教師に有益な家畜である牛や馬を食用にすることを尋ねている。しかし、家畜を食べるという肉食は日本の農業経済をゆるがし、キリシタンの日本侵略の一手段として受け止められた。そのため、キリシタン弾圧が始まると、「肉食する者はキリシタン」という考え方が一般に行き渡り、肉食の習慣はすたれてしまった。 |