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「備長炭」は、日本農林規格(JAS)により、三浦式硬度15度以上と定義されている。三浦式硬度とは、鉛を1度、鋼を20度とし、その間の硬度を20段階に分けたもの。そのため、硬度20度の備長炭はノコギリでは切れないため、ハンマ−で割ることもある。 元禄時代に紀州・田辺の炭商人・備中屋長左衛門が新しい炭を考案、販売したことにちなみ、備中屋長左衛門の字を取って「備長炭」の名前がついた。そのため、備中屋長左衛門が炭を焼いた田辺市秋津川は「備長炭の発祥の地」に指定され、現在も日本一の備長炭生産地として知られている。 薩摩藩には「日向炭」という炭があったものの、品質で備長炭に太刀打ちできない。そこで、幕末の安政3年、諸木御仕建掛の山元藤助らが熊野に赴き、備長窯を調査した。同年、紀州から炭山師を雇い入れ、炭の炭の品質向上につとめている。 明治時代になると、備長炭の技術は全国に広められた。南部川村の炭焼き職人「植野蔵次」が明治末頃、四国巡礼で高知を巡った際、室戸に自生するウバメガシを活用して備長炭を製造することを思いつく。そのため、紀州からから息子とともに再度土佐に渡った。 現在では、海外において備長炭が生産されるようになった。しかし、粗悪な備長炭が出まわることもあり、社団法人全国燃料協会、日本木炭新用途協議会、全国木炭協会などが備長炭のガイドラインを規定している。 |